続 ・ たかがリウマチ、じたばたしない。

このブログは「たかがリウマチ、じたばたしない。」の続きです。喰うために生活することも、病気でいることも闘いです。その力を抜くこと、息を抜くことに関心があります。

桜ファンタジー

ξ

近所の公園にウォーキングに行くと、ランドセルを持って正装した親子に幾組も出会う。

この4月の新一年生の記念写真というわけだ。

入学式の頃はもちろん桜は散っているだろう。

だから3月中に、という親心だ。

 

映画やTVドラマを思い出すと

春、桜がハラハラと散る校門を過ぎていく子どもたちの入学のシーンは確かにあった。

 

しかし、その4月上旬の桜満開の地方はどのあたりなのかすぐには浮かばない。

 

東京(地方)では無理だ。

だから今、桜並木のある公園に新一年生の親子が集まる。

 

北国の遠い記憶では、(温暖化で今はもっと早いだろうが)桜前線が訪れるのはゴールデンウイークのころだった。

すべてが一斉に咲きそろう6月から祭りの始まりだ。

新一年生入学と桜が結びつくことはなかった。

 

ξ 

もうひとつ、何だか自然感覚に合わないことを思い出す。

冬シーズンのTVドラマで、最終回近く、大事なシーンでチラチラ(初)雪が都合よく降り出し、男女二人はともに空を仰ぐ。

 

こういう穏やかさは記憶に結び付かない。

雪は、不意に降り出す。

空は急変する。

にわか雨という言葉があるが、同じようににわか雪、真っ白に急に景色をさえぎる。

雹まじりだったりする。

しばらく経つと止む。

空を見上げると一瞬、青空が垣間見えたりする。

本当に速く雲が流れていく。

どこにもおっとりした感じがしない、この空の不意の「鋭さ」のようなものに冬が来た、と思う。

これは記憶のなかの冬の訪れである。

東京(地方)、このように冬を意識したことはまったくない。

 

ξ

夏、外で遊びほうけていると、急に頬にヒヤッとした風が当たり遊びを中断させられることがあった。

上空で暖かい空気と冷たく湿った空気がぶつかり、冷たい空気が地上にスッと降りてきたわけだ。

空は不気味に暗くなっていて、高い梢では葉が風に激しく揺れている。

 

遊びほうけている子どもは、そもそも梢など見上げない。

高い梢の葉はことごとく翻り、葉裏の黄緑だけに色を変えている。

ザワザワキャーキャー何か生き物のように喧しく声を上げている。

いくら子どもでもその異常さには気付くので、我に返って、もう帰らなきゃ、と思う。

そして友達と一緒に、あるいは別れて、何となく急ぎ足で家に向かう。

時には失敗して、びしょ濡れになることがある。

 

しかし遊ぶとは外に出ることとイコールだった。

家にいるとは宿題か家事手伝いかに決まっていた。

つまりワタシたちは外の世界に紛れたがっていた。

 

ξ

今は(東京地方は)、子どもが公園に行くのもたいてい家族が一緒、遠出のキャンピングも家族の団欒。

自然に触れる、自然に親しむ 。

あまりに人間主義的な「自然」。

 

しかし死すら招く大型台風や巨大地震とは同一視できない。

だから自然を、心地よい深呼吸できる自然と、恐ろしい忌まわしい自然に腑分けしたりする。

善い自然と悪い自然がある、と言いたげだ。

本当か。

 

未開の時代ではない現代を生きた宮沢賢治は 

荒ぶる自然と人間に浸み込んでくる自然すべてに立ち向かい、引き受けようとした。

SF映画のような奥まった座に、脳だけを鎮座させ、ニューロンシナプスをパチパチ光らせるだけの、痩せ細った手足すら持たず口先だけの言葉を吐き出す知性からは

この詩に列挙された行動の意味が、何度読んでも理解を超えた御託にしかみえないだろうと思える方法で

自然と人間の関係を解決していたようにみえる。

 

しかも賢治は、その高らかな宣言も、祭りも、雄たけびも、すべての承認を嫌った。

揺れ動く自然の一端であるかのように、「デクノボー」として自然の慰藉や脅威に紛れたまま見向きもされないことを願った。

   

野原の松の林の影の

小さな萱葺きの小屋に居て

東に病気の子供あれば 行って看病してやり

西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を背負い

南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくても良いと言い

北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い

 

日照りのときは涙を流し

寒さの夏はオロオロ歩き

皆にデクノボーと呼ばれ

誉められもせず苦にもされず

そういう者に

私はなりたい

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手帳に記された「雨ニモマケズ」(ブログ主撮影)