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近代思想は、市民(ブルジョア)の「自由」を掲げ新たな政治システムを創ってきた。
その経済システムとなる資本主義を正当化し、市民主義社会を形成してきた。
こうして先進資本主義国家は経済的に繁栄し、自由な行動や豊かな消費が広範に実現された。
資本主義にはそもそも格差原理があること(持てる者にカネが集まる、カネがカネを呼び込む)はマルクスの時代からわかっていたものの、驚くほどの経済格差が世界に拡がった。
しかし大きな景気後退があれば、かえって、公共福祉強化を志向しない、新自由主義のような主義主張も広まることになった。
だがしかし、資本主義の正当性を否定する新たな政治・経済システム(=ポスト資本主義)がまだ無い以上、人々はそのなかでコツコツと生活の破たんを防ぐよう注力せざるを得ない。*1
だから、晴れ晴れとした姿とは言えないかもしれないが、当然、それなりのカネモチが目指されることになる。
こうした志向は、自分とパートナー・家族の「暮らし」を守るために絶対的な正当性を持つ。
今回は、このありふれた富裕層についての話である。
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もうかなり前の話だが、膨張するカネの流れをめぐって、正月早々、こんな記事が配信された。
(2022.1.2)どこ吹くコロナ、新富裕層台頭 金融機関が熱視線: 日本経済新聞
数十億円以上の金融資産を持つ超富裕層が世界で拡大している。
世界的なカネ余りによる新規株式公開(IPO)の活況などが背景にあり、新型コロナウイルス禍もどこ吹く風で潤う。
若い世代も増え、マネーの流れの景色を変えつつある。
新興富裕層はIPOや会社の売却を機に資産を増やす30~50代が多い。あるスタートアップの経営者はIPOで資産を一気に数百億円に増やした。
「多くの金融機関からコンタクトがあった。うち数社と付き合っている」。
資産の大半は自社株で、一部を現金化して不動産を購入したり新興企業に投資したりしている。
「普通の会社員だった」という起業前と日常は様変わりした。
みずほフィナンシャルグループは21年12月末、銀行を中心に証券や信託と連携しながらワンストップで超富裕層に対応する体制を整えた。想定するのは資産規模30億円以上の世帯。・・・
台頭する新興富裕層は貴重な存在だ。・・・「大きなターゲットの一つ」と明言する。
スタートアップ支援を担当する事業部と連携し、未公開の有望企業の経営陣にはIPOよりも前の早い時期からコンタクトする。
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ワールド・ウェルス・レポート(WWR2021、仏キャップジェミニ)によると、投資可能資産を100万ドル(約1億2000万円)以上保有する富裕層は前年から6%増えて2080万人に拡大した。
最上位の「ウルトラ・ハイネット・ワース」と呼ばれる資産3000万ドル(約36億円)以上の層も10%増の20万人に達した。
国別で富裕層が最も多いのは米国で、日本が続く(350~360万人)そうである。*2
ワールド・ウェルス・レポートによる富裕層とは次のようなものである。
投資可能資産(すぐ動かせるカネ。つまり持ち家や自家用車などは資産対象外。カウント対象は、1次居住地、収集品、消耗品、および耐久消費財を除く100万ドル(約750,000ポンド)以上の「投資可能資産」を有する個人)により
❶超富裕層(Ultra-HNWI: 3000万米ドル(約36億円)以上)
❷中層(Mid-Tier Millionaires: 500-3000万米ドル(約6億円-36億円))
❸下層(Millionaires Next Door: 100-500万米ドル(約1.2億円-6億円))
に分類されるそうだ。
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このうち下層のMillionaires Next Door層は、アメリカでは次のように言われているらしい。これはたいへん興味深く、一部を抜粋してみる。
Are You the Millionaire Next Door ?
https://www.jeremykisner.com/millionaire-next-door/
● アメリカ人の約9%は富裕層であるが、それらのほとんど(約95%)は、100万ドルから500万ドルの間の人々である。
● 彼らは質素で、純資産の平均7%で生活している。つまり純資産が100万ドルの世帯は、平均して年間70,000ドルしか費やしていない。
● 支持政党は、共和党38%、民主党30%と共和党支持の方が多い。
● 86%が結婚している。(65%は最初の結婚を維持)
● 88%が大学の学位を取得している。(米国人の大卒率は33%)
● 97%は住宅所有者であり、(平均して)20年以上同じ家に住んでいる。
● 80%は、自分の代で富裕層になっている。
● 彼らは世帯収入の20%を節約/投資(蓄え)している。
● 自営業の富裕層は、建設業、競売業、農家、モバイルホーム用施設所有者、害虫駆除業など、地味でローテクな事業に従事している。
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彼らは、高学歴で教養があり、勤勉で、ほとんどは結婚して家族を持ち、それゆえ隣人付き合いもよく(地縁血縁を大事にする)、この資本制社会で誰もが目指すだろう平穏で安定した中庸な人生の幸福を愛する人々であるようにみえる。
日本では、1ドル=120円とすれば、富裕層下層は1億2千万円~6億円程度の層である。
この富裕層下層は、キャップジェミニの区分を真似て言えば「そこらへんの富裕層」と言っていいような、ありふれた富裕層といえる。
その大部分は、おそらくアメリカと同様、高学歴で、たいていは結婚して家族・隣人を愛する(地縁血縁を大事にする)、慎ましく勤勉な層と考えることができる。
ワールド・ウェルス・レポート(WWR)では個人をカウントしているそうだから、主たる生計維持者1人、その配偶者、子供1~2人として概算すれば日本人1200万人くらいが「そこらへんの富裕層」以上に属すことになる。
つまり日本人の1割は「そこらへんの富裕層」以上にいる人々といえそうである。
これは相当高い割合だから、裕福であれ子供も公立に通わせているような層であれば父兄としてワタシでもいくらでも出会っている(顔が浮かぶような)人々だといえる。
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どのような調査をみても富裕層と呼ばれる層は増加しているし、それは人々の経済不安を極小化することを可能にした現代資本主義社会の到達系の姿として肯定されなければならない。
もともと物的消費財のみならず思想も教育も芸術・エンターテインメントも、それらの消費可能な層をターゲットにしなければ資本主義的に成立するはずがなく
中間層以上の層が、(常に)政治的にも文化的にも時代の大きな流れ、思潮を形成してきた。*3
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「そこらへんの富裕層」は、都区部ではゴロゴロいるので目立たないが、その周辺・地方では地域を引っ張るリーダー格になり得る。
最近、マスメディアでもそのアクティブぶりが注目され、よく登場するようになっている。
政治へも地域活動へも、その参画を嫌がらない。
アクティブな彼らは、陽気で幾らかけたたましく、ひっそりとした自閉的な生き方の(「高等遊民」のふりをするような)連中とはまるで違う新しい時代の空気を振り撒いている。
このような彼らは少しも妄想的ではなく現実的にみえる。